神奈川県『つながり発見』パーク:自治体と住民の新たな交流のかたちをメタバースに求めて
神奈川県は、デジタル技術の活用による新たな地域コミュニティ形成の挑戦を続けている。その最前線にあるのが、『つながり発見』パークだ。これは、神奈川県とクラスター株式会社が協力して展開するメタバース上に常設された仮想空間で、自治体と住民の双方向コミュニケーションや、県民同士の新しいつながりづくりを目指すプロジェクトである。
メタバースがもたらす交流革命
従来の自治体と住民の交流は、公民館や図書館、図書館、市民ホールなどの物理的な場や、地域のイベント、説明会、懇談会など“人が集まる場所”が中心だった。しかし、近年のコロナ禍や社会構造の変化の中で、こうした“場”が持つ人を集める力は弱まりつつあった。一方で、インターネット上でのコミュニティは多様化し、SNSやチャット、オンライン会議などの登場で、誰もが遠隔地からも“参加”できるようになった。
しかし、SNSやウェブ会議には課題もある。顔が見えにくい匿名性や、参加者の間で情報格差が生まれやすい点だ。そこで神奈川県は、メタバースプラットフォーム「クラスター」を活用し、アバター(仮想キャラクター)で空間を自由に歩き回りながら、他者と直接的な対話や体感を楽しめる新しい“場づくり”に乗り出した。
『つながり発見』パークの実態
『つながり発見』パークは、クラスター上に構築された独自のバーチャルワールド。県内の各エリアや施設を再現した空間だけでなく、自治体が発信したい情報や企画をリアルタイムで体験できるエリア、住民同士が気軽に立ち寄って雑談できる「ラウンジ」などが用意されている。これにより、日頃は直接接点がない住民どうしが、趣味や関心事、困りごとなどをアバター越しに“自然発生的”に語り合える環境が生まれた。
2025年10月14日には、クラスター上の『つながり発見』パークで合同説明会と対談会が開催された。20分間の説明会では、ワールドの機能や今後の展開案が紹介され、後半40分間はクラスター代表の加藤直人氏と、ゆずプラス代表の岡村謙一(水瀬ゆず)氏による対談が行われた。両氏は、メタバースならではの“会話の場”の可能性について語り、自治体と住民が双方向で意見交換できる利点や、地理的な制約や時間的な制約を超えて交流できる価値を強調。特に、地域の課題解決やアイデア創出の場として、メタバースは今後ますます重要な役割を果たすとの見解を示した。
メタバース交流の特徴と課題
アバターが会話や表現活動、ゲーム、展示鑑賞などに参加できる『つながり発見』パークの特徴は、匿名性と参加しやすさにある。例えば、内向的な性格の住民や、家庭の事情で外出しづらい高齢者、子育て世帯などが、現実社会では発言機会が少なかったとしても、アバターとして主体的に発言したり、イベントに参加したりできる。しかも、文字チャットだけでなく、音声での“雑談ラウンジ”や、アバター同士の体感型ゲーム、テーマ別ディスカッションなど、多様な参加形式が用意されている。
一方で、メタバース上でのコミュニケーションには特有の課題もある。アバターの振る舞いや発言が、“現実の自分”とは乖離しやすい傾向があり、コミュニケーションの質を担保しづらい側面も指摘されている。さらに、メタバースの利用自体が初期コストや心理的ハードルになる場合もある。神奈川県や運営事務局は、ハンドブックやチュートリアルの充実、サポートデスクの設置、オフラインでの体験会の開催など、住民がメタバースの世界に“入りやすくなる”工夫も進めている。
今後の展開と期待される効果
2025年10月には、第4回となる「メタともラウンジ」も開催予定だ。こうした定期的なイベントの回を重ねることで、住民同士の交流の輪が拡大し、エリア別の課題共有や、テーマ別のプロジェクト発足、県外や海外とのネットワークづくりなど、自治体と住民、さらには企業やNPOなど多様な主体が参加する“新たなコミュニティ共生”のモデルが生まれつつある。
メタバースによるつながりの場は、単なる“話題提供”にとどまらず、実際に地域のリアルな社会課題を解決する場、新しい生活様式を提案する場、住民の意識を可視化する場としても期待されている。例えば、防災訓練の疑似体験や、まちづくりに関するアイデア投票、地元企業や商店街とのコラボイベントなど、現実と仮想が連動するイベントがすでに具体的に計画されている。
地方自治の未来とメタバース
『つながり発見』パークは、神奈川県が描く“デジタル社会における新しい自治のカタチ”の実践例だ。住民が仮想空間を通じて自治体や地域社会に参加し、“新たな発見”や“新しいつながり”を生み出すことで、地方自治体の役割が“行政サービスの提供者”から“共創の場のデザイナー”へと変わりつつある。今後は、メタバース上での投票やアンケート、まちづくりワークショップなど、より具体的な社会参加の仕組みづくりも進むだろう。
このような取り組みは全国の自治体からも注目されており、神奈川県の事例が“デジタル田園都市国家構想”や“スマートシティ”の先駆けとなる可能性もある。住民一人ひとりの声を収集し、それらを具体的な政策やサービスにフィードバックする仕組みが、メタバースを活用することで、より柔軟かつ迅速に実現されつつある。
おわりに:つながりのある社会を目指して
神奈川県の『つながり発見』パークは、地方行政と住民がともに未来を描くための“実験場”だ。メタバースというデジタル技術を活用しながらも、その根底にあるのは“人のつながり”を大切にしたいという、時代を超えた自治体の理念である。現実と仮想の間で生まれる新たなコミュニティは、地域社会の課題を可視化し、解決に向けた対話を促し、多様な住民が“参加する楽しさ”を体感できる場となりつつある。
今後、メタバースを舞台にした自治体の取り組みは今後ますます広がりを見せるだろう。神奈川県の挑戦は、全国の自治体にとって多くの示唆に富む事例となるに違いない。デジタルとリアルが融合した、柔軟で持続可能な地域社会の未来が、ここから始まっている。