各国政府が推進する半導体サプライチェーン強化の国家戦略最新動向
はじめに
半導体産業は今や国家の安全保障、経済競争力の根幹を成す戦略物資と位置付けられており、米中対立やコロナ禍、紛争による供給混乱を経て、各国でサプライチェーンの強靭化が国家戦略の中核に据えられている。特に、地政学リスクの高まりや、特定地域への依存リスクの顕在化により、多様な生産拠点の確保、先端技術の国内誘致、産官学連携による研究開発投資の加速が、グローバルな産業政策の潮流となっている。
グローバル潮流:米中・日本・欧州の動き
アメリカは2022年に「CHIPS(Creating Helpful Incentives to Produce Semiconductors)法」を成立させ、半導体の国内生産回帰とサプライチェーンの強化を国家プロジェクトとして推進している。同法は、半導体製造の国内投資を促すため数千億ドル規模の補助金を投じるとともに、研究開発や人材育成にも重点を置いている。これにより、インテルやTSMCなどが米国内に大規模拠点を建設する動きが加速している。
中国も「中国製造2025」や「半導体自主化政策」を通じ、自給率向上と技術自立を目指して巨額の国費を投入。アメリカの輸出規制に対抗するため、国内ファウンドリや設計企業の育成、基盤技術の国産化を急ピッチで進めている。
日本は、かつて世界をリードした半導体製造装置・材料分野での強みを生かしつつ、政府の「半導体・デジタル産業戦略」のもと、TSMCの熊本工場誘致やRapidusによる先端プロセス開発など、官民を挙げた大型投資が進行中。国内需要の拡大に加え、海外メーカーの誘致、補助金・税制優遇などを通じた産業基盤の再構築を図っている。半導体デバイス市場は2024年に約420億ドル、2033年には650億ドル規模に達するとの予測もあり、特に車載や産業機器向けの成長が牽引役となる見通しだ。
EU(欧州連合)も「欧州チップ法」を制定し、2030年までに世界シェア20%を目指すなど、域内サプライチェーンの自立と先端技術の育成に本腰を入れている。
アジア新興国の台頭:インドの挑戦
こうした動きに加え、近年注目を集めているのがインドだ。インド政府は、国内の半導体産業育成を「経済安全保障の要」と位置づけ、巨額の投資枠組みを設定。モディ首相は「セミコン・インディア2025」サミット(2025年9月開催)で、「21世紀のパワーは小さなチップに凝縮されている」と宣言し、800億ドル規模の半導体プロジェクトを推進、将来的には1兆ドル規模の市場で大きなシェアを獲得する意欲を表明した。
インドの戦略は、まず自国市場向けに組立・テスト工場の誘致からスタートし、徐々に設計・製造分野にまで裾野を広げるという段階的アプローチ。それを支えるのが、日本など海外メーカーの技術協力だ。東京エレクトロンは2025年9月にインド初となる製造装置の開発拠点を稼働させるほか、エア・ウォーターも現地で産業ガス工場を新設するなど、日印連携が具体化している。これにより、インドは単なる組立拠点にとどまらず、将来的には自国設計・自国製造の半導体産業の確立を目指す。
サプライチェーン再編の本質と課題
半導体サプライチェーンは、材料(シリコンウエハー、特殊ガスなど)、装置(露光装置、成膜装置など)、設計、製造、流通まで、非常に多くの専門企業が役割を分担し、グローバルに分業・連携することで成立している。そのため、特定の国・地域に依存する在来型のサプライチェーンは、災害や紛争、貿易摩擦などのリスクに脆弱だ。欧米諸国や日本が自国・自地域内での生産体制強化を急ぐ背景には、こうしたグローバルな「分断リスク」の高まりがある。
一方で、サプライチェーンの再編は単なる「国内回帰」では成し得ない。最先端の半導体製造には、膨大な資本と高度な技術集積が必要であり、一国で全てを賄うのは現実的ではない。そのため、米国は台湾や韓国、日本との同盟関係を強化しつつ、自国拠点の誘致を進める。日本も、台湾・TSMCの熊本工場誘致のように、グローバルな分業体制の中で自国の強みを生かす戦略を選択している。
今後の展望と論点
今後の半導体産業を巡る国家戦略の焦点は、技術開発競争から材料・製造装置・サプライチェーンの強靭性(レジリエンス)へとシフトしつつある。各国が補助金や税制優遇で誘致合戦を繰り広げる中、短期的な利益追求だけでなく、長期的な技術基盤の醸成、人材育成、規制・標準化への取り組みが不可欠となる。
また、サプライチェーンの分断・分極化が進むと、コスト増や技術革新の停滞、開発スピードの鈍化といった副作用も懸念される。グローバルな安定供給と競争力維持のためには、同盟国・パートナー国との連携を深化させつつ、国際標準や知的財産のルール整備を進めることが重要だ。
結論
半導体は国家の命運を左右する戦略物資であり、各国政府がサプライチェーン強化を国家戦略の柱に据える動きは今後さらに加速する。アメリカの「CHIPS法」、EUの「欧州チップ法」、日本の大型補助金政策、インドの莫大な投資誘致など、国家を挙げた産業政策が世界規模で展開される中、半導体サプライチェーンのグローバル再編は、単なる産業構造の変化にとどまらず、21世紀の経済安全保障・技術覇権争いの主戦場となっている。各国の政策動向と産業界の連携が、今後の世界経済の行方を左右する重要なカギとなるだろう。