ライオン株式会社は、長年にわたり日用品・ヘルスケア分野で日本を代表するメーカーとして、製造現場の効率化や品質向上に注力してきた。その中核に位置づけられるのが「ものづくりDX(デジタルトランスフォーメーション)」だが、その最新事例の一つとして注目されるのが、独自生成AI「LION LLM」の開発と活用である。
「LION LLM」開発の背景
製造現場におけるDX推進の根幹課題の一つは、「熟練技術者の知見・ノウハウ(暗黙知)」の継承・活用にある。特に大手製造業では、ベテラン退職による知識の散逸が深刻な経営リスクとなっており、ライオンでも同様の課題を抱えていた。「事業継続性」「品質維持」「新製品開発力」を支える暗黙知を、いかに体系化しデジタルで活用するかが急務となっていた。
加えて、生成AIの登場以降、同社は2023年末からナレッジ検索ツール等のAI技術導入の進展により、情報・知見の検索時間を従来の5分の1以下に短縮するなどの効果を見せたが、専門分野の高度な質問や複雑な業務対応では従来型AIの限界も見えていた。このギャップの解消を目指し、2025年4月からアマゾンウェブサービスジャパン(AWSジャパン)の生成AI実用化推進プログラムに参加し、本格的な内製生成AI開発に乗り出している。
技術的アプローチ ― 高度な分散学習基盤と独自データ
「LION LLM」は、Qwen 2.5-7Bをベースモデルに、社内で蓄積された研究報告書・製品組成情報・品質評価データなど、数十年分の専門知識を追加学習させている。これによって、単なる一般的な大規模言語モデル(LLM)ではなく、「自社業務・ニーズ」に特化した精度と深みを持つAIを目指した。
並列学習や高速処理のために、「AWS Parallel Cluster」と「NVIDIA Megatron-LM」を組み合わせた先進的な分散学習基盤を整備。これにより莫大な企業知見を効率よく学習し、アップデート可能な体制を実現している。
実際の業務へのインパクト
初期フェーズの成果として、「LION LLM」は以下のような点で従来ツールを大きく上回るパフォーマンスを実現している。
– 高度な質問に対する網羅的なアドバイス
過去の知見や類似事例の情報を統合し、実務現場に直結する具体的な提案が可能となった。
– 複数事例の横断的な分析と新たな気付き創出
各所に散財したナレッジをAIが自動で横断整理し、隠れていた関係性や改善策を導き出せる。
– 情報検索・意思決定プロセスの劇的な短縮
担当者が膨大な資料に目を通す手間をAIが代行することで、時間短縮と人的リソースの有効活用を実現。
– 自社特有の専門性への対応力向上
汎用型AIでは難しかった、ライオン独自の配合技術や品質基準に即した回答が得られるようになった。
今後の展望と継続的機能向上
今後は、パワーポイントや各種プレゼンテーション用ファイルなど非構造的なデータからも知見を抽出できるよう、データの構造化やクリーニングを強化。さらなる学習データ拡充と品質向上を目指している。
加えて、経済産業省やNEDOなどが推進する国産AIモデルも積極的に活用し、多角的な精度向上策を検討している。将来的には、ナレッジ検索ツールとの統合により、「熟練者の暗黙知をリアルタイムで活用し、組織全体としての意思決定・業務遂行力を高め続ける仕組み」へと発展させる構想だ。
社会へのインパクトとDX施策の意義
AWSジャパンや業界関係者は、ライオンのこうした取り組みを「日本のものづくり産業におけるデジタル変革のロールモデル」と評価する。事業継続性やグローバル競争力の観点からも、熟練知のAIによる継承と活用は、今後の製造業DXの鍵となる。
ライオン株式会社の取り組みは、最先端技術を単なる“省力化”手段にとどめず、知的資産の最大活用と“組織知の進化”を実現するための、実践的な生成AI活用モデルである。そしてこれは業界内外に多大な波及効果を生みつつある。



