日本の経済安全保障とサプライチェーン強化策:半導体産業の国内回帰と多角化政策の最前線
2020年代、地政学的危機や国際的なサプライチェーン分断のリスクが急浮上し、日本経済の屋台骨を支える製造業は大きな変革を迫られている。コロナ禍で明らかになった「需要はあるのに供給ができない」という事態や、ウクライナ危機に伴うエネルギー・原材料コスト高騰、アジア圏の政情不安などをきっかけに、経済安全保障の観点からサプライチェーン全体の“強靭化”が大胆に推し進められている。その中核となるのが「半導体産業の国内回帰と調達先多角化」という政策転換であり、政府・産業界の注力する具体的な試みを以下に詳細に紐解く。
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半導体の供給網再構築と国内生産強化
半導体は自動車産業をはじめ、IoT・AI・家電・防衛産業まで、日本の基幹的産業を支える「産業のコメ」と称される戦略物資である。これまではコストや技術合理性から、生産委託先が台湾・韓国などに極端に集中していた。しかし、世界的な半導体供給危機や台湾有事リスク、中国とのハイテク覇権競争の激化により、「国家の根幹をなす重要物資を海外調達に依存し続けるのは極めて危険」という認識が強まっている【1】。
こうした課題の下、日本政府は2021年以降、次の施策に本腰を入れている。
– 最先端半導体の国内製造基盤の新設・拡充
最大級の政策支援案件として、政府と経済産業省は九州・熊本における台湾積体電路製造(TSMC)誘致やRapidus(国内連合による半導体新会社)支援を推進。最大1兆円規模の補助金や税優遇策を用い、5G・AI時代に不可欠な先端プロセス半導体の研究開発・量産拠点形成を急ぐ。
– 調達先・サプライチェーンの多角化
これまで90%近くを台湾・韓国に依存していた半導体調達を、国内回帰に加え、オランダ・米国・欧州など多方向に分散させる「ベストミックス戦略」を企業に要求。経営者には「最も安い国から買う」という発想ではなく、サプライチェーン途絶リスクを見越して40%~60%に調達割合を分散する経営判断が求められている【1】。
– 中長期人材育成と研究開発力強化
半導体技術者の慢性的不足を解消すべく、大学・研究機関と企業が連携し、専門人材育成プログラムや高度技術研修の拡充に注力する。設計・生産・装置分野いずれも競争力強化が不可欠と位置付ける。
産業横断的な“経済安保”レジリエンス
半導体だけでなく、医薬品やレアアースなど他の重要物資でも同様の供給リスクが意識されている。政府は関連法制度——とりわけ2022年成立の「経済安全保障推進法」により、国家安全と経済の一体的管理を進めている。
– サプライチェーン強靱化法制
指定基幹産業(半導体、医薬品、電力、通信など)の重要部品について、民間企業の自主的備蓄・供給体制の再構築を要請。国家主導で“ボトルネック”となる技術・部材の特定、潤沢な研究開発投資を行う。
– グローバル連携と同盟国との協調
「日米半導体連携」などを通じて、安定調達や相互支援体制を構築。防衛・サイバーセキュリティ分野でも、米国をはじめEU・オランダと連携しながらサプライチェーンの信頼性と透明性を高めている【3】。
日本企業への“経営観”の転換要求
単に海外拠点を制限・回帰させるだけでなく、「地政学リスクの見える化」「ESG・サステナビリティ配慮」「脱炭素型供給網移行」も同時並行で求められている。
– 事業継続計画(BCP)見直し、危機時のサプライチェーン再編能力の強化
– 脱炭素サプライチェーンの構築と気候安保リスクへの対応
– 海外子会社やパートナーとの危機連絡手順・情報共有の再構築
こうした対応に加え「防災・インフラ投資」「AI技術の活用」なども、経済安保の一環として企業の経営課題になっている【2】。
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地政学不安定化と先端技術競争がますます深化する新たな時代、日本の経済安全保障とサプライチェーン強化策は、単なる「国産回帰」や「物流網変更」だけでは済まない。「脆弱さ」を補完しつつ、他国との連携を高めながら、自律分散型で機動力のあるサプライチェーン構築を目指す。産業界、政府、学術界、そして国民の新たな協調と創意が、いま問われている。