半導体設計の革命:チップレット技術が切り拓く新時代
近年、半導体業界における設計思想が劇的に変化しつつある。その中核に位置するのがチップレット(Chiplet)技術である。従来、CPUやGPUなどの高度な半導体デバイスは、“モノリシック”と呼ばれる一枚岩の巨大なチップとして設計・製造されてきた。しかし、回路の微細化や複雑化が物理的・経済的な限界に迫る中、チップレット技術はその閉塞感を打ち破る革新的なパラダイムシフトをもたらしている。
チップレット技術とは
チップレットとは、特定の機能ごとに分割した複数の“小型チップ”を、それぞれ最適なプロセスや技術で個別に製造し、最終的に一つのパッケージに高度に統合する設計手法を指す。一般的な例では、CPUコア、GPUコア、メモリ、I/Oコントローラなどを独立したチップレットとして分離し、それらを先端パッケージ技術を駆使してまとめ上げる。
このアプローチの最大の特徴は、従来のSoC(システム・オン・チップ)とは異なり、「システム・オブ・チップス」的な発想でそれぞれのパーツを“最適な組み合わせ”で実装できる点にある。つまり、用途や要求性能、コストに合わせて、各チップレットの製造プロセスや設計をフレキシブルに選択できる。
物理的・コスト的限界の打破
チップレットが注目される最大の理由は、半導体製造における物理的およびコスト的な課題を同時に克服できるためである。
– 歩留まりとコストの改善
巨大で複雑なモノリシックチップは、微細な製造欠陥が一か所でも発生すれば全体が不良品となり、歩留まり(良品率)が大幅に低下する。しかし、チップレット方式であれば、小さなチップ単位で不良品のみを除去・交換できるため、全体の歩留まりが飛躍的に向上し、コストの抑制にもつながる。
– リソグラフィの限界突破
現在の最先端半導体製造では、リソグラフィ(露光)装置が一度に処理できるチップサイズに物理的な上限があり、それが集積度の極限点となる。チップレット技術であれば、物理的制約を超えて複数のチップレットを組み合わせ、一つのパッケージとして数兆個ものトランジスタを搭載可能となる。インテルが2030年までに「1兆トランジスタ集積」を目標に掲げているのも、チップレットがあるからこそ実現可能な野心である。
– 異種統合(Heterogeneous Integration)の柔軟性
各チップレットは、それぞれ異なる製造プロセスやアーキテクチャで最適化できる。高性能計算コアは最新の3nm/5nmプロセス、I/O回路はコスト重視の旧世代プロセス、AIアクセラレータやメモリは独自設計―といった具合に、目的ごとに最適な製造法を採用できる。
システム・オブ・チップスという新たな潮流
AI、データセンター、HPC(高性能計算)など、膨大な演算需要が求められる分野では、従来型のSoCアプローチが限界に達している。現在の半導体産業では、高度に接続された多数のチップレットを、一つの巨大なチップのように連携させる「システム・オブ・チップス」という概念が主流になりつつある。
この結果、競争軸も変化した。各企業は、より微細な配線や高速なインターチップ通信、熱設計等の“先端パッケージング技術”を競うフェーズへと移行している。単なる回路の微細化競争から、システム全体を最適化する「統合力」の勝負となった。
産業構造の変化と新たな企業連携
2025年には、インテルとNVIDIAが戦略提携を発表し、“CPUチップレット”と“GPUチップレット”を一つのパッケージ上で統合可能とする共同開発を開始した。この協業の背景には、アップルやAMDが自社開発している高度な統合プロセッサ(Apple Mシリーズ、AMD Strix Halo)に対抗する必要性があったことがある。
インテルは、自社の高度なパッケージ技術(FoverosやEMIBなど)を武器に、NVIDIAのGPUチップレットと自社CPUチップレットを高速通信で統合。“Apple Mシリーズ超え”を目指す構想であり、チップレット時代の到来を象徴する動きと言える。
今後の展望
チップレット技術によって、半導体設計は「大規模化」と「柔軟性」と「コスト抑制」を同時に実現する新時代に突入した。今後も、AI、HPC、5G通信、クラウド、パーソナルデバイス等あらゆる分野で、その応用範囲はさらに拡大するだろう。“作って終わり”ではなく、システム全体をいかに統合・最適化するか。半導体設計革命の中心には、これからもチップレット技術が据わり続ける。